2013年8月28日水曜日

「はだしのゲン」どう扱う?悩む学校

読売新聞 - 2013年08月28日 10:12

 松江市教委が、漫画「はだしのゲン」の描写が過激だとして、市立小中学校に閲覧制限を要請した問題は、全国で大きな議論を呼び、市教委は26日、要請の撤回を決めた。

 要請はどんな経緯で行われ、どんな問題点があったのか。今後判断を委ねられる学校現場では、自由な閲覧と、子供への配慮のはざまでどう対処するのか、戸惑いも広がる。

 発端は昨春、松江市教委に市内の男性からあった申し入れだった。「はだしのゲン」について、「旧日本軍のありもしない蛮行などが掲載され、子どもに間違った歴史認識を植えつける」と、小中学校図書館から撤去することを求めていた。

 作品では、主人公のゲンが、旧日本軍がアジアの国々で、面白半分に首を切り落としたり、人を銃剣術の的にしたりした、などと批判する場面が描かれる。ゲンが昭和天皇に戦争責任があると主張、中学の卒業式で君が代斉唱を拒む場面もある。

 「ゲン」は、同市立小中学校49校のうち45校が所蔵していたが、市教委は「撤去する理由がない」と拒否。男性は市議会に同趣旨の陳情を行ったが、不採択となった。

 しかし、議会審議に合わせて「ゲン」を通読する中で、市教委幹部の中に、旧日本軍が妊婦の腹を裂いて子供を取り出したり、女性に暴行したりする激しい描写について「子供への心理的な影響が大きい」とする意見が出始めた。

 10月に行った校長アンケートでは、「戦争の悲惨さを知ることができる」など、評価する声が多かったが、教育長(当時)ら幹部5人が協議し、書棚で子供が自由に手にする「開架」状態ではなく、閲覧に教員の許しがいる「閉架扱い」を各校に求めることを決定。

 12月の校長会で「作品そのものは平和教育に優れた教材」としつつ、「教室で先生と一緒に見てほしい。子供が読むのは先生に申し出てからにして」と要請。さらに翌1月の校長会でも、閉架扱いを徹底するよう求めた。

 具体的な運用の指示はなかったが、42校が、司書のカウンターの下に置いたり、書庫に入れたり、何らかの形で閲覧を制限。多くが要請を受けての措置だった。

 日本図書館協会の担当者は「教育委員会が特定の図書を『許可』なく閲覧させないという措置を取るのは前代未聞」と話す。

 市教委は教育委員らに相談しなかった。教育委員らは、8月のマスコミ報道で初めて知り、26日の教育委員会会議で「手続きに問題があった」として、要請撤回が妥当と判断した。

 学校教育法では図書の管理権限は各教委にあり、文部科学省は「市教委の要請も法令上は問題ない」とする。しかし、問題が発覚した16日以降、市教委には国内外から要請撤回を求める電子署名が2万人以上から寄せられた。メールや電話なども計2992件あり、閉架措置への反対意見が6割以上、賛成が3割だった。

         ◇

 学校現場では「はだしのゲン」をどう取り扱っているのか。

 閉架要請を受けた松江市内のある小学校では、全教員で話し合い、図書館から移動させたものの、別の場所で、平和学習資料として児童が手に取れるようにしていた。校長は「自由に読んでもらいたかった」と話し、要請に疑問を呈する。

 一方で、別の校長は今回の問題を受け、「過激とされるシーンだけを興味本位で読む児童も出てくるかもしれない」と危惧。「今後は授業で読み方を指導するなどの対策が必要になるのでは」としている。

 広島市教委では、昨年度から小3と高1の平和学習で漫画を引用したテキストを使用。小3用には、原爆投下で家の下敷きになったゲンの弟が火の中で助けを求める場面を掲載する。

 市教委は「児童への影響も考えたが、原爆のむごさ、生命の尊さを学ぶ場面で重要と判断した」と説明。教員には、児童が精神的外傷を負わないよう、被災体験の有無や家庭環境を把握するなどの配慮を求めている。

 大阪府内のある公立小は、広島への修学旅行前の事前学習などに使う。校長(57)は「残酷な描写もあるが、作品全体を通してみれば良い教材」と強調する。

 保護者から「小さい子が目にするのは好ましくない」と指摘され、11年夏に児童書コーナーから撤去して事務室に移した鳥取市立中央図書館は今月22日、コミックコーナーに戻した。今回の問題発覚後、多くの問い合わせがあったといい、「議論の基になる資料を提供するのも図書館の役目と考え直した」としている。

 一方、京都市教委が各小中学校を調査したところ、今月、1小学校が図書室から一時的に職員室に移していた。暴力的なシーンを興味本位で見ないようにするための措置だったという。
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